コダマナオコ『コキュートス 完全版』(2016)

 中編2本、短編1本。初出は一迅社コミック百合姫』他。2014年に刊行されたA5判の旧版に未収録作品を加え、B6判の完全版として改めて発行された。

 『百合姫Wildrose』Vol.7で発表された読切「思春期メディカル」が追加されたことで、旧版に比べて作品集としての纏まりが良くなったという印象。思春期特有の生きづらさと百合の組み合わせは鉄板だが、それを単なる若さ故の過ちや一過性の現象と押し込めるのではなく、むしろ普遍的かつ恒久的なものとして拡張してゆくような思想がこの作品には備わっている。それが、学校の中で閉じた「コキュートス」と社会人への移行期を描いた「モラトリアム」の間に挟まることで、両者を一貫したテーマの下で有機的に繋げることに成功しているのだ。狙ってやったのならお見事。

 確かに、同性愛を社会への異議申し立てや反体制の旗印に掲げるようなことは、社会への包摂を望む当事者にとっては傍迷惑な行為かもしれない。ただ、それらのモチーフがかっちり嵌まってしまうのが現状であり、それを表現するなと言う方が土台無理なのではなかろうか。耽美的に「禁断の愛」を称揚するような無自覚や無配慮は問題だが、過敏に言葉尻を捉えるのも思考の枠を狭め、多様性を尊重しようという流れに逆行する。やはり、異性愛が背後の権力関係に無頓着では成立し得ないようになってしまったからこそ、これ程までに同性愛の物語への欲望が強まっているのだろうし、それは多様性の受容への足掛かりくらいにはなると思うのだが。

 それにしても、やはり「モラトリアム」には唸らされる。それぞれ思惑があって自分の望む通りに事を運ぼうと画策しているという一筋縄では行かない関係性とか、恋愛至上主義者と百合にセックスは不要論者の双方への皮肉やメタ批判として読める点とか、いちいち秀逸。作者自ら「おもしろい」とツイートするだけのことはある。

 ただ、完全版と銘打って出すのであれば、初出一覧くらいは付けてほしいところ。せっかく粒揃いの良作なのだから、保存版としての価値も考えてもらいたかったものだ。

[百合の分類]1-4.駆け引きと対話 他

 作品自体の感想はこちらも参照されたい。

yuri315.hatenablog.com