コダマナオコ『捏造トラップ -NTR-』(2015)

 全6巻。初出は一迅社コミック百合姫』。

 彼氏持ちの女子高生2人の恋模様を描いた攻めの一作。「NTR百合」という挑発的かつ扇情的な謳い文句は、やや炎上にも近い話題性を狙った編集部の思惑によるものかもしれないが、それとドロドロの昼ドラ展開を得意とする作風とが見事に一致し、結果的にこうしてドロドロ百合の傑作が生みだされたことは素直に喜ばしい。

 内容は綺麗に序破急の三段構成となっている。蛍が由真を誘惑する序盤(1,2巻)、蛍が由真から距離を取る一方、由真が攻勢に転じる中盤(3,4巻)、由真が自身の想いを自覚し、蛍との関係を再構築する終盤(5,6巻)だ。問題の「寝取られ」自体は序盤でほぼ完了しており、それ以降は意外なほど女性同士の恋愛物語に徹しているという点は、強調しておくべきだろう。由真の嫉妬心や独占欲、蛍の自己嫌悪や人間不信といったどす黒い負の感情が、執拗なまでに掘り下げられ剥き出しにされてゆく過程は、生身の人間ドラマを求めてやまない全ての人必見である。

 本作の魅力はやはり、小悪魔・メンヘラ・巨乳と三拍子揃った無敵のヒロイン、蛍である。第2巻の「ホントとんちんかんで嫌になる」「本当に好きってのはね 世界が好きな人とそれ以外に分類されちゃうことだよ」等々、挙げればきりがないほど数多くの切れ味鋭い台詞で読者を震撼させた、闇の百合の最終兵器とでも呼ぶべき存在だ。蛍が由真を好きだということは冒頭から容易に読み取れるが、彼女は決して本心を明かすことをせず、話をはぐらかし、嘘を吐く。「由真ちゃんってレズだったの?」(第5巻)「レズって言われるよりいいでしょ?」(第6巻)という問い掛けは、この程度のことを言われたくらいで好きだと返せないのなら本気で好きではないということでしょう、と由真を試すものであり、本当は好きだと言ってほしい、一人にしないでほしいという心からの叫びの裏返しである。それなのに、由真に何度好きだと言われても、蛍は拒絶してしまう。愛されたことがなく、愛される自信を持てず、裏切られるのが怖くて他人を信じられず、裏切られる前に自分が先に逃げ出してしまう。おそらく、蛍はそうした己の気質を深く自覚しており、ますますこんな自分が愛されるはずはないと思い込む負の連鎖に陥っているのだろう。その悪循環を抜け出し、蛍が由真を信じることが出来た瞬間、この物語は完結する。蛍にとっては、どんなに好きでも絶対に結ばれない存在のはずだった由真が、自分の気持ちと向き合った末に闇の中から蛍を救い出し、遂にはお互いがお互いに真正面から向き合うに至る。なんと尊い、真摯な百合であろうか。

 女性登場人物の複雑な内面をとことん深掘りしつつ、男性登場人物についてはある程度類型で済ませることでキャラを立てた点も、バランス感覚に優れている。武田はとにかく善意や良心を体現した人物で、由真と別れた後も何かと優しく気遣い続け、第6巻では「人が人を好きになるのに変だとかないよ」と由真が無意識に内面化していたホモフォビアを解きほぐすことまでしてくれる。一方、藤原は典型的なミソジニーホモソーシャル野郎で、男友達に対してのみ誠意をもって接する。しかしその誠意は、こうするのがお前のためだという極めて独善的な基準によるもので、自分自身だけでなく由真の幸せをも願う武田には否定されてしまう。ある意味、可哀想な奴だが、武田とは対照的に全く同情は出来ない。

 最後に「捏造トラップ」という題名について考えてみたい。もちろん「Netsuzou TRap」の頭文字が「NTR」になるからという安直な理由もあるだろうが、本編に即した解釈も可能だ。トラップというのは、蛍が由真に仕掛けた恋の罠のことだろう。ただ、それはあくまでも「練習」や「親友を取られた焼きもち」だというように、真意を捏造される。そうした蛍による捏造を由真が見破り、気まぐれな罠に終わることなく、真剣な愛へと辿り着く。このように、きちんと内容を反映した優れた題名であると言えるのではないだろうか。

 百合業界の問題作として賛否両論ある本作だが、表層に捉われず中身を丹念に追ってゆけば、とても普遍的な王道百合漫画であることは明らかだ。心理描写も見応えがあるが、エロ要素も本人が楽しんで描いているのだろうなと伝わってきていっそ清々しい。傑作短編「モラトリアム」と並び立つ、コダマナオコの代表作として高く評価したい。

[百合の分類]1-2.誘惑と葛藤→1-3.自覚と告白→1-4.駆け引きと対話