リトルウィッチアカデミア 第25話「言の葉の樹」(2017)

 2013年、文化庁の若手アニメーター育成事業「アニメミライ2013」の参加作品として第1作『リトルウィッチアカデミア』が、2015年には続編となる第2作『リトルウィッチアカデミア 魔法仕掛けのパレード』が公開。2017年、前作の設定を踏襲しつつ、新たにストーリーを仕切り直したTVシリーズ『リトルウィッチアカデミア』が放映。

 オリジナルアニメ。監督は吉成曜、制作はTRIGGER。第25話の脚本は大塚雅彦、絵コンテは吉成曜今石洋之、演出は宮島善博が担当。

 Aパート。魔獣ミサイル発射を知るも為す術は無いと諦めるクロワ、暴走した力は制御できないと聞いて黙り込むシャリオに対し、アッコそしてダイアナが出来ることはあると言う。クラウソラスに選ばれるも自分を見失い罪の意識に苛まれ続けるシャリオと、ひたすら研鑽を重ねてきたにも拘らず選ばれることはなく失意の裡に最後の計画にも失敗したクロワは、もはや自分の魔法を信じることが出来ず、状況をここまで悪化させておきながら対策を講じられない。しかし、この2人と最初こそ同じ立ち位置に居たものの、相手は自分に足りないものを持っていると認め、なおかつ相手に足りないものを持つ自分なら相手を助けることが出来るのだと気付き、互いに心を通わせ合ったため、アッコは臆面なく「出来るよ!」と言い放ち、即座にダイアナも「やってみる価値はありそう」と同意し得た程に、強く魔法を信じていられる。一方、最初にアッコとダイアナに夢を与えたのは外ならぬシャリオであり、アッコがここまで成長したのもアーシュラ先生の教えと導きがあってのことだ。だからこそ、アッコとダイアナはシャリオとクロワの役割を引き受け、現在まで尾を引く負の連鎖に終止符を打つ力と責任を担うに至ったのである。尊い

 アッコの発案で結成されたニューナインウィッチによって、ミサイルを追うために箒が連結される。ナインオールドウィッチの魔法という伝統と、クロワやコンスタンツェの科学という新しい力が交わることで、5つ目の言の葉「シビラデューラ レラディビューラ」が発動してシャイニィバレイが生み出される。さらにヤスミンカの火力、コンスタンツェの技術力、アマンダの操縦能力、そしてスーシィの猛毒とロッテの精霊召喚の合わせ技と、それぞれの持ち味を活かして多段式ロケットの要領で次々と箒を切り離し、推力を上昇させてゆく。これまでアッコの頑張りを間近で見届けてきて、アッコなら何かやってのけるに違いないという確信と信頼があるからこそ、同じ目的のために自分に出来ることを精一杯やろうとするし、安心して後を任せられるのだ。いつもは皮肉屋のスーシィが「アッコのためにやってやりますか」と素直に口に出してしまうのとか、本当に尊い

 Bパート。人々の“信じる心”が直接魔力として注がれ、飛び続けるアッコとダイアナ。恐らくウッドワードが流したのであろうその映像を見たクロワは、世界中のモニターをジャックして、シャリオに「マイクパフォーマンスは得意でしょ」と応援演説を請う。自分を信じて実際に状況を変えてゆく2人にクロワもまた変えられて、それまで認められずにいたシャリオの芸能活動の成果を、同じく信じられずにいた“信じる心”のためには今まさに必要なものだと思えるようになったのだ。それによってクロワに負い目を感じ続けてきたシャリオも救われ、世界に向けて「信じる心が私達の魔法です」と呼び掛ける。擦れ違うばかりであったシャリオとクロワが、その裏返しの存在であり継承者であるアッコとダイアナによって因業を清算されることで、自分と相手に正面から向き合って和解を遂げた瞬間であった。尊い

 ダイアナが巧みな操縦で迫り来るミサイルを回避する傍ら、アッコは得意の変身魔法「メタモール フィ― フォシエス」でミサイルを無力化してゆく。最初はいがみ合っていた2人が、互いを信頼し共闘するまでになったことに思わず目頭が熱くなる。また、単にミサイルを破壊するのではなく、人々を楽しませるエンタテイメントに変えてしまうというアッコならではのやり方が奏功するのは、愚直に信じてきたことが決して無駄ではなかったという何よりの証明だ。しかし、いくら成長したとは言え、依然としてアッコは変身魔法くらいしか取り柄の無い落ちこぼれであるのもまた事実。それ故にアッコは完全にミサイルを御すること能わず墜落する。ダイアナもまたアッコがいたからここまで来れたのであり、単独で突っ走って空回りする余り失敗してしまうこともある、決して完璧ではない存在だというのは第1作や第2話「パピリオディア」で示された通りだ。落ちてゆくダイアナの手を取ったのは、流星丸に乗ったアッコ。第1作や第3話「Don't stop me now」における、箒に乗ったダイアナがアッコを助けるという構図を反転させたものであるのは言うまでもない。そして流星丸は、これまでアッコを助け、アッコと関わる中で心を動かされて自らもまた変わっていった数多くの人々の代表だ。誰かに助けられてばかりだったアッコが、人との繋がりの中で少しずつ成長し、様々な協力を得てダイアナを助けることまで出来るようになったという、これまで積み重ねてきたあらゆる想いや結び付きが凝縮し結実した象徴的なシーンと言えよう。尊い、尊すぎる。

 第1クールOP「Shiny Ray」を背景に、人々の“信じる心”が縒り合わさって世界樹イグドラシルを復活させる。何気にエゴサ小説家アナベルやネット投資家ファフニールが、モニターの前でこの瞬間に立ち会うことの説得力が大きく、細かな設定を活かしきっていると感じる。そうして中継を見守るキャラクター達と、TV画面の外から声援を送る視聴者自身を重ね合わせ、“信じる心”を現実世界に呼び込む優れたメタ的表現にもなっている。アッコとダイアナは1つ目の言の葉「ノットオーフェ オーデン フレトール」を詠唱、シャイニィアルクを起動し、ミサイルを笑顔の光に変えることに成功。第1作では独りで、第2作ではロッテとスーシィと3人で使ったシャイニィアルクを、シャリオに憧れた者同士でありながら全く正反対の境遇に置かれていたダイアナと、心を一つに手を取り合って放つ、そんな大気圏も過去から現在へ至る因縁も全て突破する百合が最高に尊く美しい。世界改変魔法グラントリスケルの力で世界中に星が降り蝶が舞い、“みんなが笑い合える世界”へと変わる。その輪の中にいる金髪碧眼の少女、次いで大写しになる見るからにアッコ似の少女は、ダイアナとアッコに夢を与えられ、次世代でまたその役割を受け継いでゆく者であると予感させられる。シャイニィロッドが消えて北斗七星になる場面は、『キルラキル』の鮮血の死を彷彿とさせつつ、戦いの犠牲になるのではなく願いを叶え役目を終えるという形で、優しくも力強い本作に相応しく再構築されていた。

 後日談。クロワがワガンディアの呪いを解く方法を見つけたいと言うのはシャリオへの想いが感じられて良いが、自分のせいでシャリオが飛べなくなったとアッコが知ることがなかったのは少し残念。そして第1クールED「星を辿れば」が流れつつ、アッコが飛行魔法「ティアフレーレ」を練習するのを皆で見守るという、平穏を取り戻した日常が描かれる。あれだけ反目し合っていたアマンダとダイアナが同じテーブルに着いてお茶していたり、自分の気持ちに素直になってオタクをカミングアウトしたのか、バーバラがロッテと一緒にナイトフォールを読んでいたりと、ここへ来て新カップリングをぶち込んでくるのが実に素晴らしい。バーバラもロッテ同様に腐女子なのだろうか。一方、アッコの帽子を返しにアンドリューもルーナノヴァを訪れる。アッコの真っ直ぐな姿に本心を引き出され、魔女の世界とは隔絶された政治の場において自分の信じるままに父に立ち向かうことが出来たアンドリューが、思いを再びアッコに受け渡すことで、魔法と政治で分裂していた物語が合流する。アッコによって巻き起こされた“信じる心”が一つに統合されてアッコに還り、生きた力となって、遂にアッコは飛べるようになるのだ。ここでコンスが「飛んだ……」と初めて言葉を発し、アッコの成し遂げたこと、その大きさと温かさが改めて呼び起こされ、感慨も一入である。

 というわけで、TRIGGERが圧倒的な作画の暴力でやりたい放題やっているように見えて、2クールかけて積み上げた物語が「信じる心がみんなの魔法」という一つのテーマに向けてきちんと収束している文句無しの最終回であった。1クール目のような一話完結型の日常回をもっと観たいという人は多いだろうし、ヤースナやハンナやバーバラの担当回も無かったので、是非とも2期を製作して頂きたいところだ。出来ることなら、もっとグロス少なめの余裕を持ったスケジュールで。