小林キナ『ななしのアステリズム』(2016)

 全5巻。初出はスクウェア・エニックスガンガンONLINE』。

 女子中学生3人の三角関係百合と男子2人のBLを描いた拗らせ青春群像劇。初めて会った日の会話をきっかけに3人とも一方通行な恋心を抱いていたという鮮烈な第1話、そして第1巻末尾のポエミーな独白によるタイトル回収と、のっけからとてつもない漫画が始まったという予感しか与えない。さらに読み進むうち、それぞれの視点から「私には秘密がある」という台詞と共に新事実が明かされてゆき、誰が何を知っていてどう思っているのか高度な情報戦と心理戦が繰り広げられていたことに驚愕させられる。最終巻に至っては、同性愛のみに留まらぬ性的多様性や、少数派の多数派に対する特権意識といった、生半可な覚悟では踏み込めない領域へも突入してしまう。恋愛という、ともすると冗長になりがちな題材を扱いながら、ここまで凄まじい情報量を無駄なく完璧な構成で纏め上げた手腕もまた圧巻だ。

 本作の最大の見所は何と言っても、三角関係百合の一角・琴岡みかげである。平素は己の感情を抑圧し隠蔽しつつも、時に溢れ出す想いに身を任せてしまったり、現状維持と破壊衝動との間で揺れ動き、余裕を失くしてつい残酷な振る舞いを取ってしまったりと、拗らせっぷりが実に危うく魅力的だ。その一挙手一投足に心を搔き乱され、どこまで行っても堂々巡りな思考に胸は張り裂けんばかり。暗い感情の籠った冷徹な視線にぞわぞわしながらも、いつか必ず幸せになって欲しいと心から願ってしまう。百合漫画史上最も刺さるヒロインと言っても過言ではない。刮目せよ。

 一方、残念でならないのは、どうやら打ち切りの憂き目を見たがために、いくつかの伏線が回収されず終盤の展開も駆け足になってしまったことだ。後書きの裏話で触れられていたように、琴岡や朝倉の過去はもっと掘り下げて欲しかったし、女装の露見やかっこいい告白の場面も見てみたかった。許すまじガンオン編集部。

 最後に、随所で話題を呼んだ最終巻カバー下について。本編の最後に司が考えていた通りの将来像を素直に提示しており、概ね予想の範囲内であった。それでも“3人組”は変わらないという結末は、とても尊く美しい。ただ、琴岡の「司はいつか“普通”になる子だから」は、「お前が勝手に他人の気もちを決めるな!!」という司の言葉によってメタ的に否定されたようにも思えるし、そもそも本作は一貫して、表面だけ見ても分からないような「秘密」を描いてきた。それ故、あの後日談を額面通り受け取るのも何となく憚られるのだ。いずれにせよ、作品をより味わい深くする良い余韻になっているのではないかと思う。

 “名前のない感情”に真正面からぶつかり、大胆かつ誠実に描き切った傑作。捩れて絡まり合う関係性、錯綜する想いの行方は、読めば読むほど辛く苦しく切なくなる。そのしんどさが堪らなく愛おしい。読まないと人生損している、確実に。

[百合の分類]1-4.駆け引きと対話