百合の定義

 百合好きと自称して記事を書くからには、まず百合とは何たるかの定義をしておこうと思う。もちろん人それぞれの定義が存在し、論争が絶えないことは承知しているが、ここではあくまでも個人的な考えを書くことにする。

 

 「百合」とは、女性同士の何らかの関係性、及びそれを描写する作品・ジャンルを指す言葉である。「百合」を扱った描写は、以下に挙げる3つの方向性に分類することができる。

A.身体的接触

 やたら抱き着いたり胸を揉んだりキスしたりといった、過剰なボディタッチや濃厚なスキンシップを中心に描いたもの。かわいい女の子同士がきゃっきゃうふふ、いちゃいちゃべたべたとじゃれ合う様子に萌えることが主眼であり、内面描写にまで踏み込まない場合が多い。

B.精神的つながり

 相手を何らかの形で意識したり、特別な感情を抱いたりする様を中心に描いたもの。恋愛に限らず、友愛、姉妹愛、家族愛、師弟愛、敬慕、憧憬、信頼といったピュア百合から、羨望、嫉妬、独占欲、嗜虐心、敵愾心、憎悪、殺意といったドロドロ百合まで、ありとあらゆる感情や欲望が含まれる。お互いに無関心でさえなければ、双方向でも一方的でもよい。「百合は精神的なもの」的な言説が想定しているのは大体これ。

C.恋愛・性的関係

 女性同性愛、レズビアン、ガール・ミーツ・ガールを主題的に描いたもの。キスもセックスもあり、もしくはいずれその種の行為を含んだ関係に至ることを前提とする。恋愛感情の有無を問わない、体だけの関係もこの区分に入れておく。

 

 もちろん、全ての百合が以上の3つのどれかに明確に分けられるというわけではない。森永みるくGIRL FRIENDS』等の古典的な百合漫画では、恋心の萌芽や擦れ違いといったBに該当する段階から、両想いになってからのCに該当する段階への移行が描かれる。タチ『桜Trick』はBやCの要素も含まれるが、それ以前に「とにかく女の子同士のキスをたくさん見たい」というAの方向性に特化した作品だと言える。キスだけに。

 明確な線引きができないのならば分類することに意義はあるのか、と思われるかもしれない。しかし、たとえば「甲は友達感覚でよく乙に抱き着いているが、その度に乙はどきどきして甲を意識してしまう」といった場合、単純ないちゃつきに萌えるのであればA、乙の揺れ動く心に萌えるのであればBを指向していると言える。このように、作品自体の分類というよりも、どういう百合が好きなのかという自らの萌えポイントの把握に便利なのだ。

 従来の百合の定義に関する議論は、「これは百合だ」「いや違う」という不毛な論争に終始していた。それは、どこからどこまでが百合なのか、前提が共有されていなかったからだ。だが、「この描写は百合Aだが、わたしの好きなのは百合Bの方だ」「自分にとってはCのみが百合だが、AやBも百合と感じる人はいる」といった認識の仕方をすることで、もっと建設的な議論が可能になるだろう。

 つまり、『響け!ユーフォニアム』の久美子と麗奈は、お互いを特別な存在と認めているというB的な意味で百合なんです。あいつらどっちも男好きやん百合ちゃうやろという意見はあくまでもC的観点であって、わたしはBで萌えているんです!!(これが言いたかった)

 

 いくつか追記。

 しばしば「百合とレズの違い」が取り沙汰されることがあるが、それが的外れな議論であることはお分かり頂けるだろう。そもそも百合はジャンルであり、レズビアンは個人の性的指向だ。では百合はレズビアンを描いたマイノリティ文化かと言うとそうでもなく、そこで描かれる女性は別にノンケでもいいし、バイセクシュアルやアセクシュアルでも構わない。A~Cのどれかに該当すれば百合と言えるのだから。なお、この程度のセクシュアリティ用語は、百合を云々するならば必ず知識として押さえておくべきだと思う。

 また、ここで言う「女性」とは、性自認が女性の人間であるとする。つまり、男の娘や女装男子は百合に含まない。個人的にはね。含みたい人はDとか作って勝手にやって下さい。

 じゃあそもそも「人間」って何よ、というツッコミも来るかもしれないが、さすがにそこら辺は適当でええやろ。伊藤ハチの獣耳とか好きです。

 

 定義もっとこうしたらいいと思うよ~とかあればコメント下さい。

 

 改訂版の記事はこちら。

yuri315.hatenablog.com